スメタナ

ひのまどか「スメタナ 音楽はチェコ人の命!」

今日はチェコ大使館のイベントに出席しました。このことについてはまた後日詳しく書きます。
チェコには1回行ったことがあって素敵な国だったけど知識が豊富かといえばそうでもない・・・チェコといえば音楽!スメタナの「わが祖国」くらいは聞いたことあるけど、実際のところスメタナってどんな人?と聞かれたら分かりません。
それで図書館の児童書の伝記コーナーにあったスメタナの伝記を読んでみました。
こういう伝記って小学校によくありましたね。特に漫画版は好きでよみました。
児童書といって侮ってはいけません!
むしろ児童書だからこそ簡潔で要点がうまくまとめてあって、会話文もあって小説風なので非常に読みやすく分かりやすかったです。

スメタナは1824年生まれですが、彼が生まれるずっと前からチェコという国はオーストリア・ハンガリー帝国の一部になっていました。
チェコ語は禁止されてドイツ語が強要され、民族意識はかなり抑圧されていた時代。
独立まではかなり複雑な歴史があるのですが、こういう社会背景が彼の人生の大きく影響を与えていたことがを知りました。

リストに影響され、ピアノを弾き、独学を作曲を行っていた少年時代のスメタナは夢を持ってプラハに出てきたものの、極貧生活なので高名なピアノ教師のところにもいけず困っていたが、貴族の住み込み音楽教師の職を得る。
後に幼馴染で同じくピアノを習っていた女性と結婚、音楽塾を開くが、幼い子供たちが次々と病死し、チェコ人への弾圧が強くなったためスウェーデンのヨーテボリに移住してピアニスト・指揮者として名声を得る。
数年後にプラハに戻るとチェコ人の民族復興運動が盛んになっていたが、ドイツ語を標準語として生活していたため大人になってからチェコ語を勉強し直し、チェコ語のオペラを創作して成功する。
しかし劇場の首席指揮者になってもドイツ文化やワーグナーの真似事だと批判され、劇場の舞台監督などの影響力のある人たちから妨害を受ける(彼の才能に対する嫉妬や、新しいものを受け入れない頭の固い人た地?)。
50歳の時に耳鳴りがひどくなり、治療を受けたが徐々に難聴になり、ついに聴力を失ってしまう。
それでも「わが祖国」を書き上げた。
しかし晩年は記憶力が悪くなり、幻覚のようなものを見ては意味不明なことを言い、精神病院に入れられて発狂して亡くなってしまう・・・これは衝撃だった。
(脳梅毒だったと言われています)

プラハやチェコ国内のスメタナゆかりの場所も詳しく書いてあって、次に行くことがあれば足を伸ばしてみようかな?とも思いました。

「わが祖国」っていう作品を作るくらいだから、本当は愛国心が強かったはずなのに、ドイツ化していると批判されたり、民衆に簡単に受け入られたわけではないことは意外だった。
チェコ人だけど国の政策上仕方なくドイツ語で生活してきたっていうアイデンティティの不安定さがあったんでしょうね・・・
晩年はめちゃくちゃ不幸だし可哀想だ

それでも現代までチェコといえばスメタナっていうくらい彼の音楽が知られているっていうことは、チェコの音楽史では重要な人物であることは間違いないですね。

やっぱり「モルダウ(ヴルタヴァ)」だよなー。
プラハの教会コンサートのカルテットで聞いたのも素晴らしかったけど、中学の時に歌った「ボヘミアの川よモルダウよー」っていうの日本語詞の合唱曲が最初に頭をよぎる(^^;

実際のヴルタヴァ川
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この記事へのコメント

haya
2019年03月04日 22:03
我が祖国はCDを持っていて、比較的楽しんで聴けます。
もう1つの代表作わが生涯よりは渋い弦楽四重奏ということもあり、作曲者の苦悩がストレートに伝わる曲で、どちらも聴いていて名作だと思いました。
2019年03月06日 22:38
haya様
クラシックって誰のなんていう曲かまでは知らなくても聞いたことがある曲って多いですよね。
我が祖国の中のモルダウは特にそうだと思います。
わが生涯よりもいいですね。